山旅人社・神話&国一之宮巡りツアーは、第13回目!
今回は、長門国(山口県)、周防国(山口県)、安芸国(広島県)3カ国+神宮1社参拝と、歴史巡り。神話や歴史、神社や地域の伝承、仮説をふまえ深堀り考察しながら巡ります。
①3月17日(火) 六甲愛ランド 〜 阪九フェリ
18:30出港! 夕食、団らんを楽しみフェリー風呂後、就寝。
宿泊:阪九フェリー
②3月18日(水) 新門司港 〜 下関 〜長門
- 壇ノ浦の合戦
関門橋を超え、山口県へ。
1185年の源平合戦最後の地・壇ノ浦。
動きあるリアルな壇ノ浦の戦いモニュメントがありました!
八艘飛びする源義経(左)と碇を担ぎ戦う猛将・平教経(右)
軍記・平家物語や鎌倉幕府編纂・吾妻鏡などの書物を元に壇ノ浦の戦いのを紐解くと、午前は背後からの潮の流れに乗った平家軍が優勢。後、潮の流れが変わり向かい潮となった平氏は動きを封じられ源氏軍が一気に攻勢し、平家一門が海へ。
源義経が、下記の理由から平家滅亡と判断し、終焉。
・平家主要な武将たち入水。+安徳天皇(三種の神器)入水。
・平宗盛(清盛の子)は源氏軍に捕らわれる。
安徳天皇生存説はなんと!高知、徳島、鳥取、鹿児島で語られ、また平家落人伝説は九州〜東北まで足跡や話が残っていますよね。噂話か真実か不明ですが歴史のミステリーの1つですね。
赤間神宮
ご祭神:第81代・安徳天皇
二位の尼に抱かれ「波の下にも 都ありとは」の言葉と幼くして波間に消えた幼帝への祈りがこの美しい竜宮造りの水天門ですね。
ここは元・阿弥陀寺。盲目で琵琶弾きの耳なし芳一で知られる寺でした。
境内には、平家一門の七盛塚や芳一堂あり。
歴史学によると、三種の神器は平家が安徳天皇と共に西国へ持ち出し壇ノ浦にて入水。八咫鏡と八尺瓊勾玉は見つけられたが、草薙剣は海に沈んでしまい見つからず。
朝廷は、4歳児の後鳥羽天皇を三種の神器一つもなき状態で第82代天皇に即位されたと記されています。
深堀りポイント💡俗説
①草薙剣紛失。後鳥羽天皇以降、白河法皇所有の順徳天皇御剣か、伊勢神宮から献上された剣を代用説
②①八尺瓊勾玉以外は、神が宿る分身・形代(かたしろ)説
本物の八咫鏡は伊勢神宮に、本物の草薙剣は熱田神宮に奉納中。平家が持ちだし沈めた神器は形代(かたしろ)
現状説:「三種の神器」は天皇であっても見ることができないもの、私たち一般人にとっては神秘のベールに包まれた謎多き存在でありますね。
次は、宮本武蔵と佐々木小次郎の二大剣豪が激突決闘の地・巌流島(旧・船島)へ。
荒れ狂う激流で船は進んでいるというより流されているような・・・(汗)
通説:1612年5月13日 1対1の戦術のぶつかり合いの戦い!
小次郎が武蔵のハチマキを斬るのとほぼ同時に、武蔵の木刀が小次郎の眉間を捉え、決闘は一瞬で決まった!!
「正々堂々とした決闘」は、後世江戸時代の浄瑠璃や、吉川英治作『宮本武蔵』によって創作で美化された部分も多いらしい。
小倉藩・沼田家記には!
宮本武蔵は巌流小次郎(佐々木小次郎)と決闘の際、一対一の約束に反して弟子四人を引き連れ舟島に渡り、決闘では小次郎を仕留めることができず、弟子らが撲殺した。後に、小次郎の弟子らは決闘の真相を知り反感を抱いて武蔵を襲撃するが、門司城に逃げ込み城代沼田の助けにより武蔵は無事落ち延びたと書かれています。
武蔵の「いかにして勝つか」と冷徹な執念が見えた戦いだったんでしょう。
小次郎は、麗しい青年剣術家?はたまた風格ある老剣士?
決闘で敗れた、巌流小次郎を惜しんで地元の人たちは「巌流島」と呼ぶようになったとさ。
では続いて〜!住吉神社といえば、言わずと知れた海の神。
さぞや海の近くにと思いきや、ここは海岸線から少し離れた内陸の地。
長門国一之宮:住吉神社(下関)
ご祭神:5柱/表筒男命(うわつつのお)、中筒男命(なかつつ)、底筒男命(そこつつ)の荒魂(あらみたま)+神功皇后と武内宿禰
※日本三大住吉神社の福岡や大阪のご祭神は、同住吉三神だけど、和魂(にぎみたま)守護神という大きな違いがポイントです。
本殿は国宝。九間社流造(きゅうけんしゃながれづくり)横に長い5棟に5柱が祀られている。
神功皇后の三韓出兵の際、住吉三神(荒魂)が勝利に導いてくれ、神の命により鎮座。
- 本州最西端・毘沙ノ鼻
雨は止んできたが、雲があり青空ではないためエメラルドブルー色の海ではなかった(泣)が、キレイでした😛

角島大橋
- 元乃隅神社
- 鳥居の数・123本!
- 虹だ!
本日は、長門湯本温泉に宿泊。

新門司港7:40発==壇ノ浦(車窓/Pは内陸側)==赤間神宮835/910==船乗場920/945〜〜巌流島952/1050〜〜船乗場1100==住吉神社1125/1155==昼食マリンポリス店/1時間==毘沙ノ鼻1330/1400==角島大橋1445/1520==元乃隅神社1545/1615==shop20分==1710山村別館
宿泊:山村別館
③3月19日(木)長門 〜 防府
朝一、萩・松蔭神社と松下村塾へ。
松陰先生は塾生たちのことを君や同志と呼び、身分に関係なく、農民も武士も一緒になって、焚き火を囲みながら未来の日本をどうするか語り合おうスタンスは、型破りな教育だったと。最初は8畳一間の小さな納屋。塾生が増えすぎて塾生たちが自分たちで木を運んで、屋根を葺いて、現代風に言うとDIYで増築。
伊藤博文氏、高杉晋作氏、山縣有朋氏、久坂玄瑞氏などなど、後の日本歴史をひっくり返すだけの長州の偉人たちを輩出した伝説の「松下村塾」の塾長は神様となられました。
絵馬はどなた?
正木退蔵(東京科学大学初代校長)と記載があり、調べると松下村塾生・丙午年生まれ。なるほど〜粋なチョイスですね〜萩高校美術部!
- 松下村塾
- 塾生たち
吉田松陰は西洋の進んだ文明を直接学ぶ必要があると考え、1854年ペリーが再び来航した際、ペリー側に密航交渉するも失敗。江戸で投獄、最終的には実家である杉家の離れ(約3畳半の一室)に閉じ込められた際、親族や近隣の若者たちに講義をして松下村塾へと発展し、高杉晋作や伊藤博文といった幕末から明治にかけて活躍する志士たちが集まるきっかけとなったそうな。すごいですね。
とある情報をゲットして進路変更!
明日から開催の萩・椿まつり会場の笠山椿群生林へ。
秋芳白糸の滝

別府弁天池
透き通る神秘のブルー。
この辺りを開墾しようとした長者が水不足に悩み、弁財天にお祈りしたところ水が湧き出した伝説。
秋吉台の石灰岩成分を含んだ湧水が、特定の光を散乱させるため。毎分11トンという湧出量とてもキレイな水。隣ではマス魚の養殖されています。
- マス定食
日本五弁財天とは?
安芸・宮島、大和・天の川、近江・竹生岳、相模の江ノ岳、陸前・金華山
秋芳洞
常に17℃前後。黄金柱や百枚皿など、鍾乳石は自然の芸術ですね。
- 100年で2cm!!
- 秋吉富士
- 四川省・黄龍っぽい
- ライトブルー
秋吉台
約3億5千万年前からプレートの動きで移動し、南の海のサンゴ礁が隆起してこのカルスト台地。

防府国・玉祖(たまのおや)神社
ご祭神:玉祖命(たまのおやのみこと)
三種の神器・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の創造者
別名:櫛明玉命(くしあかるたまのみこと)、羽明玉(はあかるたま)
玉祖命が勾玉を作った「玉の岩屋」が残っていした。
古事記の天岩戸の場面で、夜明けを告げるために鳴かせた「常世の長鳴鳥」・天然記念物黒柏鶏が飼育されていました。
夕食は、宿泊の防府グランドホテルにて
山村別館(8:15発)==萩城下町(840/1000)==秋芳白糸の滝(1135/1210)==別府弁天池(1240/1330)==秋芳洞と秋吉台(1355/1605)==玉祖神社(1645/1715)==防府グランドホテル(1730着)
宿泊:防府グランドホテル























































