スペイン周遊⑥(コルドバ→→グラナダ)

午前、専用車にてグラナダへ。200km(2時間30分) 途中は、行けども行けども道の両脇はずーとオリーブ畑でしたー。(≧◇≦)/ そうそう、オリーブって緑と黒とありますが、種類が違ったりするわけでなくオリーブって1種類だけなんですよ! 緑色のオリーブは早く摘む、黒色は遅く摘めばいい。ということです。確かにカリカリは緑で、黒はちょっと実が柔いですね。 グラナダに到着。街に入ると急に道が狭くなり、所々ツルツルな石畳の坂道を上って行きます。 午後から観光予定のアルハンブラ宮殿の脇を進み、さらに高台の本日のホテルへ。 ほぼドン詰まりの行き止まりにホテルが建っています。アルハンブラ宮殿と同じような赤土で作りあげている素晴らしいホテル。実際ホテルですが、名前は思いっきりアルハンブラ宮殿と名乗りかぶってますがね。頭にホテルとつくからいいのかな? とりあえずチェックインは14時からなので、スーツケースや荷物を預かっていてもらおうとフロントに掛け合うと、いくつかの部屋は準備出来ていると言うことで、親切にもチェックインさせてもらえました。 準備出来ている部屋が3つほどあったのでそこに皆さんの荷物を入れて、ホテルから歩いてレストランへ。 CARMEN DE SAN MIGUELレストランに到着。 スペイン人はとにかく昼食も夕食もスタートが遅い!ランチは基本14時〜。お願いして13時30分からとなる。そして1時間で終わればめちゃ早い方で軽く1時間30分はかかる。夕食なんて2時間〜2時間30分は当り前。さて、このレストランからの展望は素晴らしい!グラナダの街が眼下に見える。 メニューは、ガスパッチョスープ、ステーキ、リンゴクレープ かなり美味しかったです。 歩いてホテルへ戻り、バスにてアルハンブラ宮殿へ。 駐車場で下車して、「ガイドさんが数人立っているが、誰もうちらのガイドではないみたい。辺りを見渡しても他が見当たらないので、手配書に書いてあるガイド連絡先に電話してみる。 電話に出た人は手配会社から依頼された現地ガイド斡旋会社の人みたいで「宮殿前のビジターセンターガイドがいるからそこで落ち合え」と言うので行ってみる。確かにビジターセンターの看板にガイドツアー申し込みココ!〜〜と書いてあるが、誰もいない。しかもカウンターの上には「16時30分まで担当者不在」みたいな張り紙がある。「えー!」(≧◇≦)慌ててもう一回電話してみる。そして「誰もいない&16時30分まで不在と書いた張り紙があるけど、どーなってるの?」と話すと「いやそこに居るはずだ」の一点張り。居ないものは居ない。電話相手がどこにいるか分からないため埒明かず、だがガイド予約が通っていないわけではなさそうなので、とにかく待つことに。まー最悪な状態ではないみたい。でもトホホ(泣) そして、まさかのガイドはその近くにいて、近寄って話しかけてきた。ガイドはお客が誰か分かってなく(英語喋る西洋用人と思っていたらしい)その近くの椅子に座って西洋人のグループを探していたという!! 多分私が電話した相手がそのガイドに連絡を取ってアジア人とでも伝えてくれたのだろうが、遅いっ! とにかくおいおい!である。 皆さんを約30分近く待たせてしまい大変申し訳ございませんでした。 また、妙に明るいガイドで「Hola!!」から始まりお客も「Sorryからだろう!」と飽きれる。まー、実際遅れた訳でもないし、彼は待っていたのだから何も悪くない雰囲気。文化の違いだね。ガイドの名前はフェリペだった。ペルーのガイドフェリペも明るいヤツなので何故か笑える。スペイン現王様の名前もフェリペである! さてさて、観光を楽しみましょう。 ここ「Alhambra宮殿」。宮殿と言われているが、城塞でもありまた住宅、官庁、軍隊、厩舎、モスク、学校、浴場、墓地、庭園もある。 アラビア語で「赤い城塞」はアルカルアとかアルハムラー。建築に使われた煉瓦の色が赤いからこの名前になったと思いきや、宮殿増築の時、夜を通してかがり火を燃やして工事したためグラナダ平野から見上げた宮殿は赤く染まって見えたことからこのように呼ばれたという説が最有力と説明していた。 と言うことで、アルハンブラは現存は城塞都市であるが、当初から全体の形が計画されていたのではなく、異なる時代に建てられた様々な建築物の複合体で、時代により、建築様式や形状などが異なっている説明を受ける。 ムーア人王朝の栄枯盛衰と共にあり、この地は西ゴート王国の支配下だったがイスラム教徒がイベリア半島に前8世紀初頭に進出してきてイベリア半島全域がイスラム圏となリ、このときの都はコルドバにとり、ここグラナダの丘の上には軍事要塞が建てられたのが始まり。それが現在のアルハンブラ宮殿の最も西の部分。 11世紀前半から、キリスト教徒のレコンキスタ(国土回復運動)が本格化し、1085年にはトレド、1236年にはコルドバ、1246年にはセビーリャを陥れた。イスラム圏に残されたのは、グラナダを中心とするアンダルシア南部地方のみとなり、この時期にイベリア半島最後のイスラム王国・グラナダを首都としたナスル朝(1238年 – 1492年)の時代にアルハンブラ宮殿を大きく拡張した。 1492年、カトリックのレコンキスタによってグラナダが陥落するとアルハンブラ宮殿にも一部手が加わり、この地を避暑地として選び、カルロス5世宮殿を建設。モスクは教会へ変えられ、礼拝堂や修道院が建築されている。 ↑ 正方形の建物の中央に、円形の中庭を設けるという設計。(実は未完成) アルハンブラ宮殿は現在スペイン屈指の世界遺産であり世界中からの観光客が訪れる名所となっているが、これが元はスペインに屈服させられたイスラム教徒の宮殿であるということは象徴的な意味を持っているなど・・・・・・と説明をすべて英語で話してくれました。私は書き取りと訳すことで精一杯でほとんど写真は撮れていませんと思い込んでいたが、貼ってみるとそこそこ撮っていた(笑) かな〜り広いアルハンブラ宮殿の敷地の観光を終え、バスにてホテルへ。 今日の夕食は洞窟レストランにて。

そして夕食後はフラメンコショー!!! まずは前菜! メインコース! ↑ 柔らかくて油がのってて美味しかった。ハムがカリカリ。 そしてデザート! ふーお腹いっぱい。このお腹いっぱいがヤバい! 今回のこのグループは様々な国々で、色々なショーを観ながらまさかの、ほぼ全員寝る事件を何度か起こしている。そしてなぜかいつもS席だったり一番前のど真ん中だったりしている。恐ろしい(笑) しかし今回夕食のテーブルがステージから一番遠かったから良かったーと思っていたら、食事が終わるころにレストランのスタッフが来て、ステージの一番前から3列を君たちグループのために取っているから食事終わったら移動してと言って来た。えー!(≧◇≦)/ 皆さんに「お願いだから寝ないように宜しくお願いします。」と伝えて混んで来ている中一番前へ。 いよいよフラメンコショースタートです!会場はほぼ満席。 「KIRIN キリン 麒麟淡麗生」CM曲ジプシー・キングス(Gipsy Kings)のVOLARE(ボラーレ)っぽい音楽の生演奏。いやー良いですねー。 ほぼ全員寝る事件は起こらず済みました!ホッ! この後第2部があるみたいで、会場内には続けて観る方も居るし、外にはバスが次から次へと到着してきた。 私たちはバスにてホテルへ。 一日お疲れ様でした。 高千穂ガイドブログ